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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)268号 判決 1998年7月01日

長野県岡谷市本町三丁目9番1号

原告

株式会社豊島屋

代表者代表取締役

林新一郎

訴訟代理人弁理士

三嶋景治

東京都中野区野方2丁目4番5号

被告

宮坂醸造株式会社

代表者代表取締役

宮坂和宏

訴訟代理人弁理士

新垣盛克

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者が求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が、平成5年審判第22355号事件について、平成9年8月28日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は、被告の負担とする。

2  被告

(主位的)

(1) 本件訴えを却下する。

(2) 訴訟費用は原告の負担とする。

(予備的)

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  当事者関係

(1)  被告は、肩書地において酒造業を営んでいる(ただし、酒造販売の主たる根拠地は、長野県である。)ものであるが、登録第2091673号商標(昭和61年4月1日登録出願、同63年11月30日設定登録。以下「本件商標」という。)の商標権者であった。

本件商標は、別添審決書写しの別紙(A)に示した構成態様の商標であり、旧第28類(平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令1条別表。以下同じ)「酒類(薬用酒を除く)」を指定商品としたものであったが、平成7年11月20日放棄を原因として、同8年5月27日に登録の抹消がされた。

(2)  原告は、肩書地において酒造業を営んでいるものであるが、登録第1233266号商標(昭和48年5月9日登録出願、同51年11月8日定登録。以下「引用商標」という。)の商標権者である。

引用商標は、別添審決書写しの別紙(B)に示した構成態様の商標であり、旧28類「酒類」を指定商品としたものである。

2  特許庁における手続の経緯

原告は、特許庁に対し、平成5年11月29日付で、本件商標について、商標法4条1項11号の規定に違反している登録であるとして「本件商標の登録を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」旨の商標登録無効審判を請求した。特許庁は、平成5年審判第22355事件として審理し、平成9年8月28日「本件審判の請求は、成り立たない。審判費用は、請求人の負担とする。」旨の審決をし、その審決書の謄本は、平成9年10月2日原告に送達された。

この審判事件において、原告は、甲第1ないし6号証を提出したほか、昭和59年第21449号商標登録無効審判請求事件において提出した甲号各証を援用した。

3  審決の内容

(1)  審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件商標がその構成中に「御柱」の文字を含み、かつ、称呼上も「ミハシラ」を含んでいるとしても、酒類の取引に当たっては、他の商品に比べるとラベル等に表示されている文字を一連に読み込んで識別している場合が多いという事情と、本件商標の外観及び上記の意味合いからして、本件商標と引用商標とは異質のものとして看取され、時と所を別にしても両商標は彼此相紛れる虞のない非類似のものと言わざるを得ないとして、本件審判請求には理由がないと判断した。

(2)  審決は、その結論を出すに当たって、次のとおり、判断した。すなわち、

<1> 本件商標の登録査定時には長野県の諏訪市、下諏訪町、岡谷市、茅野市、辰野町および箕輪町圏内において「御柱」(おんばしら)が「御柱祭」の別称あるいは同義語であったり、「御柱祭」を「おんばしら」と略称して認識され、使用されていたであろうことは窺える(審決書14頁12~17行)。

<2> しかし、提出された甲号各証の殆どは、長野県の諏訪市、下諏訪町、岡谷市、茅野市、辰野町および箕輪町圏内の作成、発行及びその圏内の人々を対象にしたものであって、しかも、その殆どが御柱祭の年に当たる昭和61年およびその前年(昭和60年)に作成・発行されたものであり、これらがどれほどの範囲のその圏外に、どのくらいの部数が発売されていたのかは定かでない。もっとも、証拠の中に、日本全国的に配布されるものではあるが、これも日本商工会議所というごく限られた会員を対象とするものであり、その記載内容からして「御柱」(おんばしら)が「御柱祭」の別称あるいは同義語であったり、「御柱祭」を「おんばしら」と略称して認識されたかについては、はなはだ疑問である(同14頁18行~15頁7行)。

<3> してみれば、請求人の提出に係る甲第各号証をもってしても、本件商標の登録査定時には、日本国内において、「御柱祭」が知られた祭であったとは認め難く、ましてや「御柱」が「御柱祭」の別称あるいは同義語であったり、「御柱祭」を「おんばしら」と略称していたとは認め難い(同15頁8~13行)。

<4> 本件商標は、別紙(A)に示すとおりの構成からなるところ、被請求人の製造・販売に係る商品の商標としても知られている「真澄」の文字となんらかの祭りを意味するものとの意味合いを想起させる「御柱祭」の文字からなり、その文字に相応して、「マスミミハシラサイ」或いは「マスミミハシラマツリ」の称呼を生じるものであるとするのが相当である(同15頁15~21行)。

<5> 一方、引用商標は、別紙(B)に示すとおりの構成からなるところ、「柱」に敬意を表す接頭語「御」を付し、柱の敬称的意味合いを想起させ、その文字に相応して「ミハシラ」「オンハシラ」「オンバシラ」の称呼を生じるものであるとするのが相当である(同15頁22行~16頁2行)。

第3  当事者の主張

1  原告

(1)  訴えの利益について

原告には、審決の取消しを求める法律上の利益が存在する。すなわち、

<1> 原告は、引用商標の商標権者であり、本件商標が引用商標に類似していることを理由に審決の本件商標の登録無効を主張しているものであり、原告には、審決の取消しを求めるにつき訴えの利益がある。

<2> 被告は、本件商標を、過去に使用していたものであり、また、現在も使用しているから、本件審決が取り消されることにより権利関係が明らかとなり、その必要性も十分存在する。

(2)  審決取消しの事由について

審決は、次の点についての事実認定を誤り、その結果、結論を誤ったものである。

<1> 審決は、「御柱」(オンバシラ)が「御柱祭」(ミハシラサイ)の別称あるいは同義語として日本国内で周知であったと認められない判断しているが、御柱祭は、諏訪大社の7年に1度の大祭で、日本の「三大祭」の一つとして知れ渡っており、「御柱」が「御柱祭」の別称あるいは同義語であり、「御柱祭」を「おんばしら」と略称して認識され、使用されていた事実は、昭和63年6月当時には、諏訪市付近だけでなく、日本国内で広く知られていたことである(取消事由<1>)。

<2> 仮に審決の認定どおりであるとしても、諏訪市付近において、「御柱」が「御柱祭」の別称あるいは同義語として、「御柱祭」が「おんばしら」として略称して認識され、使用されていれば、本件商標の「御柱祭」と引用商標の「御柱」とが同一商品について使用され、商取引市場に提供されたときには、彼此混同を生じる虞が大であり、取引の混乱が生じることは明らかであり、審決は、この点の判断を誤っている(取消事由<2>)。

<3> 審決は、本件商標が「マスミミハシラサイ」あるいは

「マスミミハシラマツリ」の称呼を生じると認定している。しかし、本件商標の外観構成態様は、審決書別紙(A)のとおりであるから、「真澄」の文字は「御柱祭」の文字に比しより小さく、「御」の肩部分に配置されているので、看者において一見して顕著に表示されている「御柱祭」の文字部分に注意が及び、自ずと軽重の差が容易に認められ、本件商標については「御柱祭」から称呼観念が容易に認識看取される。したがって、本件商標は、引用商標と誤認混同を生じる虞が極めて大なる称呼観念上類似商標といわざるを得ないから、この点の判断は誤りである(取消事由<3>)。

2  被告

(1)  訴えの利益の不存在

原告には、以下に述べるように、審決の取消しを必要とするだけの利害関係があるということができず、本件訴えの利益がないから、本件訴えは却下されるべきである。

<1> 原告は、本件商標が有効に存続していた期間中に、本件商標そのもの、あるいはこれを構成する「真澄」「御柱祭」の商標を使用したことはない。

<2> 本件商標に関して、原、被告間に何らかの契約関係があったこともない。

<3> 原、被告間で、過去にも、具体的に権利侵害についての紛争が生じたことはなく、今後もそのような紛争が生じる可能性のある事実もない。

したがって、原告には、過去において本件商標が存在することにより、法律上の責任を負担する義務が生じることはない。

(2)  審決取消しの事由について

審決の結論は正当であって、取り消されるべき違法の点は、何ら存しない。

第4  当裁判所の判断

1  訴えの利益について

本件訴えは、本件商標が引用商標に類似して無効であるとする原告の登録無効審判請求について、不成立とした審決の取消しを求めるものであるところ、商標登録の無効の審判請求は、商標権の消滅後においてもできることとされている(商標法46条2項)から、本件商標権の登録が審判請求後、審決時までに抹消されたとしても、登録の適否について判断する審決も適法であり、また、登録の抹消を認めなかった審決の取消しを求めることの利益も肯定されるところである。

したがって、本件訴えの利益の不存在を主張する被告の主張は、その余について判断するまでもなく理由がない(しかも、本件は、本件商標が引用商標に類似するか否かが争点となっているところ、被告が、本件商標の設定登録後抹消までの間だけでなく、抹消後も、本件商標を用いた商品の酒造・販売をしていた(甲4の1~4、同4の6~8)から、この点からも、本件商標の登録無効の請求不成立とした審決の取消しを求める訴えの利益が肯定される。)。

2  審決の取消しの事由について

(1)  取消事由<1>について

甲4の5、6の3、6の5~7、6の9によれば、諏訪大社が全国津々浦々に約1万余の分社を有していること、7年ごとに行われる諏訪大社の「御柱祭」が千年以上の歴史を有する、日本の三大奇祭の一つとして日本国内に広く知れ渡っていることが認められ、「御柱祭」が全国的に知られた祭であると認め難いとした審決の判断(審決15頁9、10行)は誤りであると言わねばならないが、この判断の誤りは、審決の結論に影響しないことは後記するとおりである。

したがって、取消事由<1>の点の原告の主張は、理由がない。

(2)  取消事由<2>について

甲4の5、5の13、5の14、5の18、5の19~21、5の24、5の30~55、6の1~4、6の6、6の8~10によれば、長野県諏訪市周辺では、諏訪大社の「御柱祭」(ミハシラサイ)が、「おんばしら」、「みはしら」と略称されたり、「御柱」(おんばしら)と略称されたしていることが認められる。また、諏訪大社の「御柱祭」が全国的に名の知られた祭であることから、「祭」を意味して「御柱」、「おんばしら」の用語を用いれば、諏訪大社の「御柱祭」を意味するものと理解されることは推認されるところである。しかし、「御柱」、「おんばしら」は、尊い「柱」の意味で使用される場合も予測されるから直ちに諏訪大社の「御柱」を意味することには繋がらないし、また、諏訪大社の「御柱祭」に際し使用される「柱」を意味する場合もあるから、「祭」を意味しないで「御柱」あるいは「おんばしら」の用語を用いても、直ちに諏訪大社の「御柱祭」を連想することは困難と言わねばならない(日本語の用例としても、「御柱祭」から「御柱」を連想することはできる(それも「祭」ではなく、「柱」であるに止まる。)が、逆に「御柱」から当然には「御柱祭」を連想することはできない。)

その意味で、日本国内において、「御柱」が「御柱祭」の別称あるいは同義語であったり、「御柱祭」を「おんばしら」と略称していたということは認め難いとした審決の判断(審決15頁9~13行)は「祭」を意味して用いられている際には誤りと言わねばならないが、それ以外の場合には、直ちに誤りと言うことはできない。

したがって、取消事由<2>の点についての原告の主張は、理由がない。

(3)  取消事由<3>について

本件商標は、別添審決書写し別紙(A)の構成のもので、「御柱祭」の肩書き部分に、小さな文字で「真澄」を配したものであり、「ますみ・みはしらまつり」、「ますみ・みはしらさい」、「ますみ・おんばしらさい」、「ますみ・おんばしらまつり」の称呼を生じ、本件商標が使用される商品が酒類であるところ、本件商標には、諏訪大社の祭である「御柱祭」が表示されているほか、被告の酒造・販売に係る商品であることが知られている(甲4の2、同4の4、4の8)「真澄」の文字が表記されているから、本件商標の標章されている商品を見た者は、真澄の酒を酒造している酒造元が「御柱祭」に際して、あるいは「御柱祭」を冠して販売する酒と理解するものと推認される。

これに対し、引用商標は、別添審決書写し別紙(B)の構成のもので、「柱」に敬意を表する「御」を冠した用語で、「みはしら」、「「おんはしら」、「おんばしら」の称呼を生じるものの、尊い「柱」を意味する以上の特別の意味が生じるものではなく、「祭」を意味して利用される場合に初めて「御柱祭」を連想させるものである。そうすると、この引用商標の使用される商品が酒類であり、祭の際に当然に使用されることが予定される性質のようなもの(例えば、幟、提灯)ではないから、長野県諏訪市周辺の人々が引用商標の標章された酒類を見ても、当然には、諏訪大社の「御柱祭」を意味すると理解することは困難であり、その御柱祭に使用される尊い「柱」そのものを意味するものと理解する余地も否定できない。ましてや、引用商標を標章した商品に接したその他の地域の人々は、尊い「柱」を意味する用例と理解するものと推認される。

そうすると、本件商標と引用商標とは、称呼、観念、外観を異にするから、本件商標が引用商標と彼此相紛れる虞がある類似の商標であると認めることはできない。

原告は、「御柱」が「御柱祭」の別称あるいは同義語とし、「御柱祭」が「おんばしら」と略称して認識されている場合に、本件商標「御柱祭」と引用商標「御柱」とが同一商品に使用されると誤認混同を生じる虞がある旨主張するが、「御柱祭」が「御柱」(おんばしら)と略称されることがあるとしても、「御柱」は尊い「柱」を意味する場合もあり、「御柱」から直ちに「御柱祭」を意味するものと理解することは困難であることは前記したとおりであり、しかも、本件商標には被告の酒造・販売に係る商品の標章たる「真澄」も入っているのであるから、誤認混同を生じる虞は小さいものと言わねばならない。

したがって、取消事由<3>の点についての原告の主張は、理由がない。

(4)  以上のとおり、審決の認定判断に誤りはなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵も見あたらない。

3  結論

よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成5年審判第22355号

審決

長野県岡谷市本町三丁目9番1号

請求人 株式会社 豊島屋

東京都豊島区東池袋1-20-5 池袋ホワイトハウスヒル603三嶋特許事務所

代理人弁理士 三嶋景治

東京都中野区野方2丁目4番5号

被請求人 宮坂醸造 株式会社

東京都豊島区巣鴨一丁目19番2号 ハイネス巣鴨601号 新垣特許事務所

代理人弁理士 新垣盛克

上記当事者間の登録第2091673号商標の登録無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

本件は、別紙(A)に示すとおりの構成態様からなり、第28類「酒類(薬用酒を除く)」を指定商品とし、登録第1582475号外25件の商標の連合商標として、昭和61年4月1日に、商標登録出願され、昭和63年6月24日に登録査定、昭和63年11月30日に登録第2091673号商標として設定の登録がなされたが、平成7年11月20日に放棄された(平成8年5月27日に抹消登録)商標(以下「本件商標」という)について商標法第46条に基づいてなされた登録無効審判請求である。

Ⅰ.請求人の主張等

本件商標の登録は、これを無効とする、審判費用は被請求人の負担とずるとの審決を求め、次の趣旨の理由を述べると共に証拠方法として甲第1号証~甲第6号証を提示し、かつ、昭和59年商標登録無効審判請求第21449号(以下「関連請求」という)において提出した甲第各号証を援用している。

引用商標は、別紙(B)に示すとおりの構成からなり、第28類「酒類」を指定商品として、昭和48年5月9日に商標登録出願され、昭和51年11月8日に設定の登録がなされ、現に有効に存続する登録第1233266号商標(以下「引用商標」という)に類似し、商標法第4条第1項第11号に該当するものであるから、同法第46条に基づき、その登録は無効とされるべきものである。

1.本件商標および引用商標に係る指定商品は、同一であり、敢えて比較し、論ずるまでもない。

2.本件商標と引用商標との類否についてみるに、その構成態様は、上記のとおりであり、相違する点は「祭」の文字の有無であって、本件商標と引用商標とが同一商品に使用され、同一市場に提供された場合、その称呼、観念において、彼此誤認混同して取引されることは明らかである。

(1) 「御柱」とは、長野県諏訪大社の七年に一度の大祭を言い、日本における三大奇祭の一つで、一千余年の伝統をもち、「御柱」(オンパシラ)を曳き建てる行事である。

(2) 七年に一度の大祭のときは、「御柱」(オンパシラ)「御柱祭」(オンパシラマツリ或いはミハシラサイ)或いは「御柱大祭」(オンパシラタイサイ)と呼ばれて、県内は勿論近県および全国より観光客が押し寄せ、近年テレビ、ラジオや新聞、雑誌等マスメディアを通じてその奇祭内容が紹介され、祭毎に盛大に紹介されたものである。昨年(平成4年)が大祭に当たり、マスコミに取り上げられてテレビや新聞を通じて「御柱」「御柱祭」として全国に紹介され所謂周く知れ亘ったものである。

(3) 「御柱」(オンパシラ)と言われ、「御柱」と言えば当該祭を表示し、当該地は勿論のことマスメディアを通じ「祭り」を「御柱」として表現され使用されているものである。即ち、当地では一般に「御柱」と「御柱祭」とが同一意味合いで使用され認識され、祭りを取り上げるマスコミにおいてもそれに合わせて使用し認識されているものである。特に、祭りに便乗しての宣伝広告例えば新聞広告、商品チラシ等の表現は、「祭り」を「御柱」と表現し使用しているものと認められる。

(4) 日本各地に大祭と呼ばれ有名な祭は、例えば、「ねぶた祭」「竿灯祭」「祇園祭」「おくんち祭」等を「ねぶた」「竿灯」「祇園」「おくんち」と呼ばれて親しまれ、敢えて、「祭」を語尾に付して称呼せずに、容易にその祭を表示する日常会話がなされている実情と認められる。因みに、辞典で有名な祭りの語を観ると、「ねぶた」「竿灯」「祇園」が、「ねぶた祭」「竿灯祭」「祇園祭」の意味合いを表示するものとして認められる(甲第3号証)。斯かる社会実情に徴しても「御柱」と「御柱祭」とは、同一の意味合いと認識看取されて使用されるものと認められるものである。

(5) 本件商標と引用商標とは、観念において同一である。

(6) 以上に斯かる事実は、関連請求において提出した甲第各号証からして明らかであると確信する。

(7) 本件の被請求人から関連請求に係る商標権を譲り受けた関連請求の被請求人が本件の引用商標に対して請求している商標登録無効審判において、関連請求の被請求人の主張する請求理由は、請求人が主張している請求理由と同一と認められるので、甲第6号証として提出する。

Ⅱ.被請求人の答弁等

結論掲記の審決を求め、次の趣旨の答弁をしている。

1.被請求人所有の本件商標および請求人所有の引用商標の各構成、指定商品、出願日、設定登録日がいずれもその主張のとおりであることは争わない。

また、甲第1号証の1、2、甲第2号証の1、2、甲第3号証の1~3の各成立は、いずれも認める。

2.本件商標と引用商標とは、観念上同一であるから類似する旨の主張および称呼上の類似する旨の主張については反論する。

(1) 商標から生じる観念は、世人が一見して直ちに一定の意義を理解させるようなものでなければならない。したがって、しばらく考えなければ関係が判らないような語や、辞書を繙いて初めて同一の意義であることが判るような語は、一見して直ちに対比される商標と同一または類似の意味を有するものであることが理解できるとは言えないから、観念が同一であると言えない。

また、辞書において同一の意味を有するものであることが明らかな場合においても、その商品の取引者層・需要者層において、その意味を直観することが無い場合には、同様である。

請求人が、本件商標と引用商標とを観念において同一であると主張する根拠は、長野県諏訪地方において、そのように理解されているということと、著名な祭りであれば「○○祭」の「祭」を省略しても、世人は、その祭り「○○」を意味すると理解するということが、前提となっているようである。

しかし、一般的にそのような事実は無い。勿論、祭りの種類によっては東北地方の「ねぶた」のように、「祭」を省略しても直ちに祭りを意味するものと理解できるものもあるであろうが、一般的には、そのような事実は無い。

「葵祭」「時代祭」「祇園祭」は京都における三大祭りであり、江戸における三大祭りは「神田祭」「三社祭」「山王祭」であるが、これを、前後の関連なくいきなり、「葵」「時代」「祇園」「神田」「三社」「山王」と言った場合を考えてみると、明らかである。わが国における著名な祭りにおいてさえ、このとおりであるから、況んや、あまり知られることの無い特定の地方の祭りにおいておやである。

(2) 「御柱祭」は、長野県諏訪地方における祭りであるが、権威ある辞書「広辞苑」には記載されておらず、わが国において著名な祭りということはできない。試みに、同辞典に掲載されているところを拾い上げてみると、押合い祭、葵祭、悪態祭、時代祭、夜須礼祭、龍宮祭、山王祭、神農祭、属星祭、帳祭、日吉祭、春日祭、曽我祭、多賀祭、天下祭、芋茎祭、御蔭祭、海髪祭、三枝祭、御軍祭、深草祭、浅草祭、御手洗祭、恵比寿祭、石清水祭、棚機祭、神田祭、水口祭、矢の口祭、しゃち祭、百手祭、御門祭、水戸祭、木の下祭、十二祭、賀茂の国祭、賀茂の祭、甲子祭、御船祭、貴船祭、道饗の祭、相嘗祭、神嘗祭、輪越祭、川瀬の祭、神御衣の祭、北野祭、矢ロの祭、韓神祭、鞍馬の火祭、筑摩祭、八十島祭、津島祭、天満祭、箕祭、逆髪祭、牛神祭、暗闇祭、大嘗祭、三社祭、厩祭、厩舎祭、今宮祭、浦祭、蹈鞴祭、だらだら祭、船代祭、祇園祭、荒神祭、天神祭、愛染祭など、全く聞いたこともない祭が掲載されているにも拘わらず、「御柱祭」は見当たらなかった。念のため、平凡社発行の「世界大百科事典」の最新版に当たってみたところ、そこでは収載されていた。

ある商標からどのような観念が生じるかは、その指定商品の取引者・需要者らが、これからどのように観念すると認められるかによって決せられるものであって、必ずしもその文字について辞書等に記載されているとおりの語義が商標の観念となるものではない(東京高裁・昭和37年(行ナ)第190号、昭和39年6月16日言渡、行裁例集15巻6号1022頁)。

まして、本件商標を構成する文字の要部「御柱祭」の語は、前記のように広辞苑においても、全く触れられていないローカルの祭りの名称である。

長野県諏訪地方において御柱=御柱祭と認識する者があるとしても、わが国の国民の多くの者にとって(酒類の取引者・需要者は、未成年者を除き、国民のすべての階層に及ぶ)知られているものでないことは当然のことである。のみならず、商標の類否判断は、それが商標である以上、あくまでも取引の場におけるものでなくてはならない。取引の場において現実に商品「酒類」に付された商標を見て、取引者・需要者が混同誤認を来たすかどうかの観点からなさるべき事は言うまでもない。取引者・需要者が必ずしも目に触れることのない、或いは極めて少ない印刷物の記載を根拠に、観念における同一を言うのは、著しく経験則に反する。

(3) 辞書に記載されているということと、特定の商標から生じる観念をどのようなものとみるべきかの問題とは、本来、無関係のことではあるが、広辞苑(甲第3号証)中の「祇園」の項目に祇園=祇園祭の記載があるかのような主張があるので、これについてみるに、「祇園」の項には、<1>~<4>に祇園の説明がなされているものの、祇園=祇園祭の記載はない。<1>~<4>に続く「祇園会」についての説明において、「京都の八坂神社の祭礼…山鉾巡行などは有名。祇園御霊会。祇園祭(季夏)」と記載されているに過ぎない。言い換えると祇園会=祇園祭と記載されているのである。

(4) 仮りに、長野県諏訪地方において、御柱=御柱祭と理解している者があるとしても、酒類の取引は同地方のみで行われるものではないことは当然のことであり、上述の結論に影響を及ぼすものではない。

このように、ある事実を不特定多数の者が認識しているか否かの問題に関して想起されるのは、周知であると言うためには出願当時において全国にわたる主要商圏の同種商品取扱業者の間で、この事実が相当程度認識されているか、或いは、狭くとも一県の単位に止まらずその隣接数県の相当の範囲の地域にわたって、少なくとも、同種商品取扱業者の半ばに達する程度の層に認識されていることを要すると周知標章に関して判示している判決(東京高裁・昭和57年(行ケ)第110号、昭和58年6月16日言渡、行裁例集15巻2号501頁)である。この考え方は、「御柱」の商標をみた酒類の取引者・需要者が、直ちにこれを「御柱祭」と観念するかどうかを考える場合、そのまま妥当するところであり、結論は自ずと明らかである。

(5) わが国において知られている京都の三大祭り中の「葵祭」「時代祭」(周知の程度において「御柱祭」とは比ぶべくもない)に関連して、次のような商標が商品の区分第28類で登録となっている。

葵 登録第1076710号 商公昭48-39104号

葵祭り 登録第1492090号 商公昭56-6658号

時代祭 登録第1492095号 商公昭56-6663号

時代酒 登録第2252701号 商公平1-82547号

このような事例の存在は、被請求入の主張に沿うものである。

商標の構成から「祭」の文字を除いても同一の観念が生じるもののあることは事実であろうが、必ずしも一般的な事柄としては言えないということは、この事実によっても理解できる。

更に、商品・酒類は、嗜好品であって他の商品に比して銘柄に対する関心が著しく高い商品である。このような商品において、「祭」の文字の有無は極めて重要であり、識別に大きく影響するものであるから、商標の構成中、この文字の存在を無視することは出来ない。

(6) 請求人は、称呼上の類似をも主張するようであるが、本件商標の構成から生しる称呼は、「真澄」の部分を含めて「マスミミハシラマツリ」「マスミオンバシラマッリ」「マスミミハシラサイ」の外に、要部の一つである「御柱祭」の部分から生じる「ミハシラマッリ」「オンバシラマツリ」「オンバシラサイ」等である。これに対し引用商標から生ずる称呼は、祭りの文字を有しないことから、上記の称呼から「マツリ」「サイ」を除いたものとなる。そうすると、両者が称呼において類似するものでないことは、論ずるまでもない。

(7) 商標法第4条1項11号該当を理由とする商標登録無効審判請求における、その事由の存否の判断の基準時は、登録査定時と解すべきであるから(東京高裁・昭和63年(行ケ)第288号、平成元年6月27日言渡、無体裁集21巻2号574頁)、本件商標と引用商標との類否判断は、登録査定時である昭和63年6月24日を基準としてなされるべきである。

請求人の主張は、その殆んどが登録査定時後の事実を取り上げてなされているものであって(甲4号証、甲4号証の作成日付参照)、理由の無いものであるから採用されるべきものではない。

Ⅲ.判断

1.当事者間において争いのある本件商標の登録査定(昭和63年6月24日)以前には「御柱」(オンバシラ)が「御柱祭」(ミハシラサイ)の別称あるいは同義語として日本国内で周知であったかについて、請求人が提出した甲第4号証、甲第5号証および関連請求において請求人が提出し、本件請求において援用した甲第3号証以下の甲第各号証(以下「援用甲第各号証」という)をみるに、

(1) 本件商標の登録査定時以前の証左として確認しうるものは、次のものである。

援用甲第3号証の2、援用甲第14号証の1~13、援用甲第18号証の4、6、援用甲第24号証の15~36、38~51「南信日日新聞社(昭和57年10月29日、昭和61年1月1日、11日、3月8日、9日、14日~16日、20日、22日~25日、27日、31日、4月1日、3日、4日、6日、10日、13日、17日、21日、23日、25日、27日、29日、5月3日~6日、9日、10日、12日、13日、21日、6月2日、9日)」

援用甲第4号証「宮坂清通著、特殊神事研究会(諏訪市大字上諏訪3429)編纂、甲陽書房(長野県下諏訪町)昭和31年4月20日再版発行郷土叢書『諏訪の御柱祭』6頁」、

援用甲第6号証「市民新聞グループ(岡谷市民新聞・下諏訪市民新聞・諏訪市民新聞・茅野市民新聞・たつの新聞・みのわ新聞)編集・発行(昭和55年4月)『カラーグラフ御柱祭、第1部 山出し編』」

援用甲第7号証、援用甲第12号証「市民新聞グループ新聞(昭和60年1月1日、昭和61年1月26日~同年4月20日)、御柱祭特集、御柱祭(おんばしら)特集 No.1、5、6、9、14、16」

援用甲第10号証「南信日々新聞社(昭和49年3月3日)発行、『諏訪大社』209頁、326頁」

援用甲第11号証「山麓舎(昭和59年8月15日)発行、『諏訪案内』4頁、5頁」

援用甲第13号証の1、6~9、11、援用甲第24号の61、69~71「岡谷市民新聞(昭和60年5月6日、昭和61年2月7日、11、24日、25日、3月5日、4月27日、5月8日、15日、10、月15日)」

援用甲第13号の2~5、10、12~14、援用甲第18号の5、7、援用甲第24号の52~60、62~68、72~74、76~78「市民新聞グループ新聞(昭和60年9月21日、10月21日昭和61年1月1日、17日、29日、2月15日、27日、3月7日、24日、4月3日、5日、11日、14日、28日、29日、5月8日~10日、6月16日、7月8日、15日、9月28日、12月22日、29日、昭和62年1月14日)」

援用甲第15号証の1、2「日曜新聞(昭和61年2月16日、3月2日発行)」

援用甲第16号証、援用甲第24号証の1「朝日新聞(昭和61年3月14日、4月28日)長野版」

援用甲第20号の1「日本商工会議所(昭和61年4月10日発行)『石垣』1986 4月号 No.71 6頁、7頁」

援用甲第20号の2、3「諏訪文化社(昭和61年4月1日発行)郷土の総合文化誌『オール諏訪』1985 4・5月号No.25 14~18頁、同誌1986 6・7月号No.32 28~38頁およびグラフ」

援用甲第21号の2「オカヤマートの広告チラシ(昭和61年4月10日~12日間のサービスデー)」

援用甲第21号の7、10「ビア・アピタ岡谷の広告チラシ(昭和61年4月10日~13日、3月28日~30日間のサービスデー)」

援用甲第22号の1「調査機関ビデオ・リサーチ昭和61年6月11日作成のLCV“御柱”関連番組の視聴状況調査報告書」

援用甲第23号の1「富士見町役場(昭和61年12月1日発行)『広報ふじみ』61・12月号 No.201」

援用甲第23号の2「下諏訪町役場(昭和61年4月)封筒」

援用甲第24号証の2~14、37「信濃毎日新聞(昭和61年3月25日、29日、31日、4月4日~7日、11日、13日、14日、5月3日、11日、14日)

(2) 上記(1)以外の甲第各号証は、作成日あるいは発行日が不明なもの、作成者あるいは発行者が不明なもの及び本件商標の登録査定後に作成あるいは発行されたものであるから、これらについては本件の判断資料としては採用しない。

(3) そして、上記(1)の甲第各号証からすると、本件商標の登録査定時には長野県の諏訪市、下諏訪町、岡谷市、茅野市、辰野町および箕輪町圏内において「御柱」(おんばしら)が「御柱祭」の別称あるいは同義語であったり、「御柱祭」を「おんばしら」と略称して認識され、使用されていたであろうことは窺える。

(4) しかしながら、上記(1)の援用甲第各号証の殆どは、長野県の諏訪市、下諏訪町、岡谷市、茅野市、辰野町および箕輪町圏内の作成、発行およびその圏内の人々を対象にしたものであって、しかも、その殆どが御柱祭の年に当たる昭和61年およびその前年(昭和60年)に作成・発行されたものであり、これらがどれほどの範囲のその圏外に、どのくらいの部数が発売されていたのかは定かでない。もっとも、援用甲第20号証は、日本全国的に配付されるものではあるが、これも日本商工会議所というごく限られた会員を対象とするものであり、その記載内容からして「御柱」(おんばしら)が「御柱祭」の別称あるいは同義語であったり、「御柱祭」を「おんばしら」と略称して認識されたかについては、はなはだ疑問である。

(5) してみれば、請求人の提出に係る甲第各号証をもって、本件商標の登録査定時には、日本国内において「御柱祭」が知られていた祭りであったとは認あ難く、ましてや「御柱」が「御柱祭」の別称あるいは同義語であったり、「御柱祭」を「おんばしら」と略称していたということは認め難い。

2.つぎに、本件商標と引用商標との類否についてみるに、本件商標は、別紙(A)に示すとおりの構成からなるところ、被請求人の製造・販売に係る商品の商標として知られている「真澄」の文字となんらかの祭りを意味するものとの意味合いを想起させる「御柱祭」の文字からなり、その文字に相応して「マスミミハシラサイ」或いは「マスミミハシラマッリ」の称呼を生じるものであるとするのが相当である。

一方、引用商標は、別紙(B)に示すとおりの構成からなるところ、「柱」に敬意を表す接頭語「御」を付し、柱の敬称的意味合いを想起させ、その文字に相応して「ミハシラ」「オンハシラ」「オンバシラ」の称呼を生じるものであるとするのが相当である。

してみれば、本件商標がその構成中に「御柱」の文字を含 、かつ、称呼上も「ミハシラ」を含んでいるとしても、酒類の取引に当たっては、他の商品に比べるとラベル等に表示されている文字を一連に読み込んで識別している場合が多い実惰と、本件商標の外観および上記の意味合いからして、本件商標と引用商標とは異質のものとして看取され、時と所を別にしても両商標は、彼此相紛れる虞のない非類似のものと言わざるを得ない。

したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第11号に違反して登録されたものとは認められないから、本件請求には理由がない。

よって、結論のとおり審決する。

平成9年8月28日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

別紙

<省略>

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